福岡御城印(御城郭)巡りで福岡県北九州市にある小倉城(こくらじょう)まで行って来ました。陸海の交通の要衝として、古くから砦や城が構えられた地にある城です。今日で御城印 27体目です。
小倉城
小倉城です。
入口
入口には 風鈴が飾られ 心地よい鈴の音が響いていました。
朝鮮通信使一行
日朝の友好の証として、将軍の代がかわるたびに 祝賀のために来日しました。通信使は対馬を経て玄界灘の相島から大坂までは海路で、大坂からは陸路で移動しました。
看板より
迫力のある 寅の絵もありました。
宮本武蔵
宮本武蔵さんも いらっしゃいました。
天守閣からの景色
天守閣には 喫茶スペースもありました。天守閣からの景色です。
小倉城の歴史
関門海峡に面した小倉は陸海の交通の要衝として、古くから砦や城が構えられた地でした。この地を抑えるために繰りひろげられた、多くの豪族たちの攻防の歴史も残っています。小倉城の歴史は、戦国末期(1569年)、中国地方の毛利氏が現在の地に城を築いたことから始まります。その後、高橋鑑種たかはしあきたねや毛利勝信もうりかつのぶが居城し、関ヶ原合戦の功労で入国した細川忠興ほそかわただおきによって、1602年に本格的に築城が始まり約七年の歳月を要しました。忠興は城下町繁栄策として、諸国の商人や職人を集めて商工業保護政策を実施。外国貿易も盛んにし、同時に祇園祭りも誕生させました。
細川氏熊本転封の後には、播磨国明石から細川家とは姻戚関係にある譜代大名の小笠原忠真おがさわらただざねが、1632年に入国。小倉・小笠原藩は、将軍・徳川家光から九州諸大名監視という特命を受けていました。この時期、小倉は九州各地に通ずる街道の起点として重要な地位を確立し、同時に小倉城は一層充実し、城下町も繁栄しました。小笠原忠苗ただみつの時期には、城内下屋敷に泉水を持つ回遊式庭園もつくられています。しかし、1837年城内から発した火災によって全焼。2年後に再建されましたが、天守閣は再建されませんでした。
幕末期になると、小倉は長州藩を攻める第一線基地となり、その中で小倉と熊本藩は勇敢に戦いましたが、他の九州諸藩の兵には積極的な戦意がなく、ついに1866年、自ら小倉城に火を放って戦線を後退せざるをえませんでした。明治10年の西南戦争の際には、小倉城内に駐屯していた歩兵第14連隊が、乃木将軍に率いられて出征しました。その後、歩兵第12旅団や第12師団の司令部が城内に置かれました。太平洋戦争後は米国に接収されましたが、1957年に解除され、1959年市民の熱望によって天守閣が再建されました。
この天守閣は「唐造りからづくりの天守」と呼ばれ、四階と五階の間に屋根のひさしがなく五階が四階よりも大きくなっているのが特徴的です。また、城の石垣は切り石を使わない野面積みのづらづみで、素朴ながらも豪快な風情にあふれています。
しろテラス
御城印(御城郭)は こちらのしろテラスで 購入することができます。
新たなおもてなしの拠点
2019年にオープンしたしろテラスは、2023年12月に更にリニューアルし、小倉・北九州のみならず日本全国から集めた選りすぐりのお土産を取り揃えたワンストップ「ジャパンショップ」です。
ここでしか手に入らない様々な商品をお楽しみください。また、店内には小倉の人気老舗茶屋「辻利茶舗」もございます。城内散策のご休憩にご利用ください。
御城印(御城郭)
ものすごくたくさんの 御城印(御城郭)がありました。めちゃくちゃ 迷います。
御入城社限定御城印(御城郭)
迷って迷って こちらの シンプルな入城者限定の御城印にしました。
他にも お土産などもありました。
施設情報
小倉城(こくらじょう)
福岡県北九州市小倉北区城内2-1
営業時間
4月〜10月 9:00~20:00
11月〜3月 9:00~19:00
※日によって営業時間が異なります。
休館日:年中無休
入城料金
一般 : 350円
(2施設共通券 560円※1)
(3施設共通券 700円※2)
中高生 : 200円
(2施設共通券 320円※1)
(3施設共通券 400円※2)
小学生 : 100円
(2施設共通券 160円※1)
(3施設共通券 250円※2)
※1:小倉城、小倉城庭園
※2:小倉城、小倉城庭園、松本清張記念館
しろテラス
福岡県北九州市小倉北区城内2−1
営業時間
9:00〜20:00(4月〜10月)
9:00〜19:00(11月〜3月)
定休日:無し
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