男女神社【佐賀】子宝・縁結びの御利益があります。

男女神社(佐賀)御朱印佐賀県の神社御朱印
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佐賀御朱印巡りで、佐賀県佐賀市大和町に鎮座する男女神社(なんにょじんじゃ)にお詣りをして御朱印を拝受して来ました。古い文献に光明寺の座主(最高位の和尚)が代々男女神社の神座を勤めていたと記されている神社さんです。今日で、700社目です。

 

鳥居

男女神社(佐賀)鳥居

山の中腹に鎮座されているので、細い山道を上って 到着しました。鳥居です。

 

手水鉢

男女神社(佐賀)手水鉢

手水鉢です。

 

狛犬

男女神社(佐賀)狛犬

狛犬様です。

 

拝殿

男女神社(佐賀)拝殿

拝殿です。

由来

創建は不明ですが、約800年前(鎌倉時代)と推定され、正空上人(しょうくうしょうにん)が男女神社南東約1キロのところに光明寺を建立し、光明寺の座主(最高位の和尚)が代々男女神社の神座を勤めていた事が、古い文献に記されています。

当時は東に講堂棟、西の谷に楼門(神社の門)があって、男女神社は大社であり、近くには、竪馬場・横馬場の地名が現在も残っており、当時の盛大さが伺えます。

元亀元年(1570)今山の戦い(龍造寺氏と大友氏の戦い)に於いて、建物・宝物・古文書等は全て焼失しました。(今山の戦いは歴史で詳しく説明しています)

承応3年(1654)佐賀初代藩主鍋島勝茂公・小城藩祖鍋島元茂公の出資で再建されました。

大正15年(1929)、陸軍特別大演習の御前講和(皇室に行う講和)で、今山の戦いの講和(県立図書館所蔵)が行われ、昭和6年(1931)陸軍大学特別演習に於いて、秩父宮雍人親王殿下が、今山の戦いのご研究の為男女神社に来られ、小円古墳の上に記念碑が立てられています。

地元では、秩父宮雍人親王殿下は、馬に乗られて髭を生やされていて「男女神社は何処だ?」と尋ねられられた話や、丁度田んぼの草取りをしていた時にお通りになられ、「お通りになられると知っていたら、草を道に上げたりしなかったのに、すみませんでした。」と、秩父宮様に話しかけられた話も残っています。

男女神社ホームページより

 

お守り授与所

男女神社(佐賀)御守授与所

御朱印は 拝殿の横にある お守り授与所でいただけます。神主さんは、常駐されておらず、書置きの御朱印があります。

 

御朱印

男女神社(佐賀)御朱印

御朱印です。書置きのものをお受けしました。ありがとうございました。

 

招霊(おがたま)の木

男女神社(佐賀)御神木

招霊とは神霊を招く意味で、古来は御神体に用いられ、春の花は白色香高、秋の実は形が神楽鈴の起源とされる。特に降臨された御神霊を受ける様な枝ぶりが特徴である。

看板より

 

鞘(さや)の神

男女神社(佐賀)鞘の神

鞘の神は刀身の鞘が由来で、子授け、子孫繁栄、夫婦円満、安産の神とされる。また、疫病、災厄等を防ぐ神としても伝えられる。

看板より

 

駐車場

男女神社(佐賀)駐車場

広い駐車場があります。

 

 

神社情報

男女神社(なんにょじんじゃ)

佐賀県佐賀市大和町久留間5109

御祭神

男女大明神

古 事 記:伊耶那岐命、伊耶那美命(いざなぎのみこと、いざなみのみこと)

日本書紀:伊奘諾尊、伊奘冉尊(いざなぎのみこと、いざなみのみこと)

住吉大明神

古 事 記:底筒之男神、中筒之男神、上筒之男神(そこ・なか・うわ・つつのをのみこと)

日本書紀:底筒男命、中筒男命、表筒男命(そこ・なか・うわ・つつのをのみこと)

御神徳(ご利益)

縁結び、子宝、安産、夫婦家庭円満、家内安全、子育て、森羅万象の神様など

 

 

正確に言うと神社だけで1000社です

今日で 700社目の

御朱印をいただきました。O(≧▽≦)O ワーイ♪

残り 300社です。

 

 

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