九州御朱印巡り 今回は福岡御朱印巡りで、福岡県糟屋郡宇美町に鎮座する宇美八幡宮(うみはちまんぐう)さんに、お詣りをして御朱印を拝受して来ました。安産祈願、子安(こやす)の石、手作りの御神木のオリジナル御朱印帳、御神水の産湯水がある神宮です。今日で248社目です。
鳥居
石造りの大きな鳥居です。今回は 迷うことなく到着できました。が、駐車場の入口がわからず 一度通り過ぎて なんとか 入れました。
狛犬
ちょっと 影でお顔がわかりずらいですが、狛犬様です。
社殿へ向かいます。
手水舎
手水舎です。
社殿
社殿です。この日 確か戌の日で たくさんの方が お詣りに来ていました。距離を取りつつつ、合間を縫って お詣りさせていただきました。
由緒
当宮は、神功皇后が三韓征伐より御帰還され、産所を蚊田の邑(蚊田は宇美の古名)に定め、側に生出づる槐(えんじゅ)の木の枝に取りすがって、應神天皇を安産にてお産みになられたこの地を宇瀰(うみ)その後、宇美(うみ)と称されました。御産舎の四辺に八つの幡を立て、兵士に守らせた故事が、「後世八幡大神と称するは此故なり」とも伝えられています。八幡大神御降誕の聖地として、敏達天皇の御宇(西暦570年頃)に創建され、先ず神功皇后と應神天皇の母子神をお祀り致し、後世に至りて上記の五座としてお祀りされました。境内には、樹齢二千年以上と推定される、国指定天然記念物「湯蓋の森」「衣掛の森」という二本の老大樟(くす)を始め、数多くの大樟が生い茂り、若葉の季節となれば、萌えるような御神威の「生命の息吹」を今日に伝えており、安産・育児の守護神、「子安大神(こやすのおおかみ)」と称され、今も多くの人々にお参り頂いております。
お守りお札授け所
社殿を正面に見て 左側にあるお守りお札授け所です。窓口の右側の方は 戌の日でたぶん腹帯を求める方々の列ができていました。御朱印は 左側の窓口で お願いできます。
御朱印
御朱印です。
オリジナル御朱印帳
オリジナルの御朱印帳です。(許可を得て写真を撮らせていただきました)
御神木を剪定した際の木材で宮司が、ひとつひとつ奉製致します関係で 在庫がない可能性もございます。神職や巫女に御声掛け頂ければ確認をさせて頂きますので、お気軽にお申し付け下さいませ。
案内板より
御神木
御神木は、湯蓋の森と、衣掛の森という大楠です。(人が多く湯蓋の森だけ写真を撮らせていただきました)
共に素晴らしい老大樟で、当宮のシンボルであります。「湯蓋の森」は、社殿に向かって右側、「衣掛の森」は社殿の左側にある老樹で、様々な人生儀礼を今日まで見守ってきた巨樹は、樹齢二千年以上とも推定されていいます。元禄2年(西暦1689)貝原好古「八幡本紀」第三巻には、「神功皇后新羅より帰らせ給い、香椎より巽の方蚊田の邑に御産屋を営まれこもらせ給う、御側に生い茂れる楠あり、其の下にて産湯をめさせ給う、その大木繁茂し枝葉ことにうるわし、後人これを名付けて湯蓋の森という。また産衣を掛けたるを衣掛の森という。」
御神水(産湯水:うぶゆのみず)
社殿を左側の奥の方にある 御神水(産湯水:うぶゆのみず)です。
境内北隅にあり、「應神天皇御降誕の時、此の水を産湯に用い給いしより今に至るまで妊婦拝受して安産を祈る。」と伝えられています。表示石の揮毫者は、県内初の内閣総理大臣、廣田弘毅翁の年令十三歳のときの揮毫によるものが刻まれています。
宇美八幡宮ホームページより
トイレ
トイレです。
駐車場
こちらは 境内のすぐ横にある 駐車場です。駐車場は3か所あるみたいなので 停めやすいと思います。
他にも 子安の石があります。
境内末社「湯方社」を囲むように、玉垣を築きこぶし位の石が山ほど積まれています。安産祈願を終えた妊婦が“お産の鎮め”として此処の石を預かって持ち帰り、目出度くご出産の暁には、別の新しい石にお子様の名前等を記して健やかなる成長を願い、安産御礼(初宮詣)の御祈願にてお祓いの後に、預かった石と一緒お納めするのが慣しとなっています。この「子安の石」の信仰はいつ頃始まったかは定かではありませんが、「筑前國続風土記」には記されております。
宇美八幡宮ホームページより
神宮情報
宇美八幡宮(うみはちまんぐう)
福岡県糟屋郡宇美町宇美1丁目1−1
御祭神
應神天皇(おうじんてんのう)
神功皇后(じんぐうこうごう)
玉依姫命(たまよりひめのみこと)
住吉大神(すみよしおおかみ)
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
例祭日 不明
正確に言うと神社だけで1000社です
今日で 248社目の
御朱印をいただきました。
残り 752社目です。
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