淡窓不動尊明王寺【大分】厠(かわや・トイレ)を清める仏様です。

淡窓不動尊明王寺(大分)御朱印 大分県の寺社御朱印

大分御朱印巡りで、 大分県日田市に鎮座する淡窓不動尊明王寺(たんそうふどうそん・みょうおうじ)にお詣りをして御朱印を拝受して来ました。明王寺の建立は、当時日田町大字南豆田字鉄砲場(現在の丸の内町)に在住の水島安兵衛翁の発願によるお寺さんです。今日で103ヶ寺目です。

 

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入口

淡窓不動尊明王寺(大分)入口

街中に鎮座されています。

 

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手水舎

淡窓不動尊明王寺(大分)手水舎

手水舎です。

 

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本堂

淡窓不動尊明王寺(大分)本堂

本堂です。

明王寺の歴史

明王寺の建立は、当時日田町大字南豆田字鉄砲場(現在の丸の内町)に在住の水島安兵衛翁の発願によるものであります。 翁は、 明治十四年旧三月、三十九才の時に感ずるところあって本四国八十八ヶ所の参拝巡礼の旅に出て、第五十一番札所・石手寺参拝のおり弘法大師のご加護を頂き深く感銘し、その報恩感謝の誠と多くの人々に大師のご加護のあらんことを念じて一寺建立を発願致しました。 翁は一寺建立にあたり私財の大半を喜捨し、また、幾多の困難を克服して漸くにして、明治二十一年三月二十一日、大分県下毛郡中津町より明王院の院号を鉄砲場に移し、更に山号を遍照山・寺号を明王寺に改め、上棟の式(地突き加勢300有余人、上棟加勢500余人)を修しました。 明治二十一年11月21日に落成し、大願成就しました。県内外より十五ヶ寺余の住職が参集しまして、十三日間に渡り盛大な落慶法要が修され、無魔吉祥に明王寺が建立されました。これが明王寺発祥の由来であります。 さらに時代はくだって京都醍醐寺より吉水隆禅師が普山し第2世住職となりました。この時招来した不動明王のご尊像が現在のご本尊であり理源大師聖宝の刻まれたご尊像です。また、大正15年には現在の淡窓町に移転して現在を迎えております。

淡窓不動尊明王寺ホームページより

 

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書置き御朱印

淡窓不動尊明王寺(大分)書置き御朱印

書置きの御朱印があり、自分で印を押しました。

 

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御朱印

淡窓不動尊明王寺(大分)御朱印

事前に連絡したのですが、住職さんは 不在とのことでしたが、本堂内に書置きの御朱印があるとのことで お受けしました。ありがとうございました。

 

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お札

淡窓不動尊明王寺(大分)お札

御札もありました。

 

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百体地蔵

淡窓不動尊明王寺(大分)お地蔵様

お地蔵様です。

 

淡窓不動尊明王寺(大分)石像

他にも 石像がありました。

うすさま明王(烏枢沙摩明王)トイレの神様

うすさま明王とは
仏名の烏枢沙摩明王は2500年前に使われていた古代インド語(サンスクリット語)での仏名「ウッチシュマ」を音写したもの。世の中の全ての悪事・災難・罪穢れを焼き清める力を持つ明王とされ、日本では古来より不浄な気が集まると言われる厠(かわや・トイレ)を清める仏様です。各トイレに1体づつお貼りください。

淡窓不動尊明王寺ホームページより

 

 

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寺社情報

淡窓不動尊明王寺(たんそうふどうそん・みょうおうじ)

大分県日田市淡窓2-3-25

御本尊:お不動さま

 

 

1000ヶ寺目指して 御朱印巡りします。

正確に言うと 寺社だけで 1000ヶ寺です。

今日で 103ヶ寺目の御朱印をいただきました。

残り 897ヶ寺です。

 

 

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