鹿児島御朱印巡りで、鹿児島県伊佐市菱刈に鎮座する湯之尾神社(ゆのおじんじゃ)にお詣りして御朱印を拝受して来ました。眼病に霊験があるとも言われている神社さんです。今日で、884社目です。
鳥居
鳥居です。
手水舎
手水舎です。
拝殿
拝殿です。
由緒
景正公は相模国鎌倉権頭景成の子で、桓武平家の流れをくんでおり、権五郎と号した。神社の建立年代は不明であるが、明治二十二年境内整備の際に、文明五年と記した石碑を発掘。又、菱刈家十一代忠氏の鐘があり、それにも文明十一年とある。それらのことから勧請は文明年間と考えられる。
勧請に際し、御霊代を鎌倉より奉護し当地に着いたのは十二月二十九日年末の多忙な日であったので、里人は門松も立てず、年始の賀儀も七日になってようやく行った。従って、今も当地の人々は年頭には門松を立てないのを古式としている。明治三年六月湯之尾神社と改称した。
尚、御祭神が十六才で源義家の陸奥征伐に従い参戦した時、敵将鳥海弥三郎に眼を射られたが、矢を抜かぬまま七日間弥三郎を捜し求め、遂に彼を捕らえ射殺したという故事に因み、眼病に霊験があるとも言われている。
往古は菱刈城主の厚き崇敬を受け、菱刈郡四ヶ所の総社として崇められていたが、今は当邑のみの宗社となっている。例祭は旧規により盛大に行われ、浜下りの神事がある。
平成三年三月八日地主神社(旧村社、祭神大国主尊)を合祀した。
書置き御朱印
賽銭箱の手前に 書置きの御朱印があります。
御朱印
御朱印です。神舞のお面の御朱印です。書置きのものをお受けしました。
狛犬
こちらの狛犬様が キュートでかわいい。1体しか いらっしゃませんでした。
仁王像
こちらの仁王像も 1体でした。
駐車場
隣に公民館があり そちらに停められます。
湯之尾神舞(旧菱刈町湯之尾神社の神舞)
湯之尾神舞は,伊佐市菱刈川北の湯之尾神社(祭神・鎌倉権五郎景正)において,五穀豊穣・無病息災を祈願して,例年11月23日の豊祭(ホゼまつり)の夜、奉納されています。
神舞とは、国生みや天岩戸といった神話をモチーフにした演舞のことで,神楽・神舞とも呼ばれています。湯之尾神舞の起源の詳細は不明ですが,室町時代後期と推定され,500年以上の歴史があります。昔は旧暦霜月満月の夜,一晩中かけて35番の舞が奉納されていましたが,現在は26番の舞が継承されています。(26番すべての舞を奉納するのは3年に1度の大祭の年で,それ以外の年は,約半数の舞を奉納しています。)
舞人は,湯之尾校区を中心とする小・中学生から壮年までの男子で,きらびやかな衣装をまとい,面を装着して神々に扮し,神話の物語を中心に口上を述べながら笛と太鼓の楽に合わせて舞います。(楽も14曲が伝承されています。)演舞中に先輩たちが観客席から声援を送ったり,批評したりするなど,演技者と観客が一体化した里神楽特有の雰囲気をもっています。
伝承は,戦時中に一時途絶えましたが,昭和51年(1976)に結成された湯之尾神舞保存会を中心に,年長者から地域の壮年・子どもたちに受け継がれてきました。昭和45年3月には菱刈町無形民俗文化財,昭和63年3月には鹿児島県無形民俗文化財(指定名称は「菱刈町湯之尾神社の神舞」)の指定を受けています。
神社情報
湯之尾神社(ゆのおじんじゃ)
鹿児島県伊佐市菱刈川北2461・2462
御祭神
鎌倉権五郎景正(かまくらごんごろうかげまさ)
大物主神(おおものぬしのかみ)
例祭日:11月23日
正確に言うと神社だけで1000社です
今日で 884社目の
御朱印をいただきました。
残り 116社です。
鹿児島の御朱印が拝受できる神社

鹿児島の御朱印が拝受できる寺社

鹿児島ご当地グルメ









