福岡御朱印巡りで、福岡県八女市矢部村に鎮座する八女津媛神社(やめつひめじんじゃ)にお詣りして御朱印を拝受して来ました。伝統行事(八女津媛神社の浮立)が今でも受け継がれている神社さんです。今日で、807社目です。
一の鳥居
本当に神社があるのかと 不安になりながら なんとか到着しました。静かな山中の鎮座されています。
二の鳥居
階段を上がると 二の鳥居があります。
手水鉢
手水鉢です。
神の窟の女神湧水(めがみゆうすい)
八女津媛神社と縁のある岩清水です。この井戸は、いままで、一度もかれたことがなく、またどんな大雨の時も濁ったことがありません。このことから、昔より幸運を呼ぶ湧き水として、人々に親しまれています。道をはさんだ水路にもこの綺麗な湧水が流れています。
看板より
拝殿
拝殿です。
八女津姫伝説
わが国最古の歴史書「日本書記」に八女の起源がしるされています。「この地に女神あり、その名を八女津媛といい常に山中にいる。」
四世紀前半、この地を治めていた水沼の県主(みぬまのあがたぬし)「猿大海(さるのおおあま)」が、景行天皇に奉上したことから”八女”の名が起こったとされています。
矢部村神ノ窟(かみのいわや)地区に女神を祭った八女津媛神社があり、伝統行事(八女津媛神社の浮立)が今も受け継がれています。神社の創建は養老三年三月(西暦719年)と言われ、日本書記完成の一年前のことです。創建から1300年が経過しました。
「浮立について」
八女津媛神社は、八女地方の古い地主神と考えられ、八女の名の起こりとされている。八女津媛神社の浮立は、神社に五穀豊穣や無病息災を祈願し、その御願成就に奉納する行事。浮立は、県内でも最大規模の祭りで、筑後地方各地に伝わる風流の集大成とされた形と考えられる。
祭りは、七戸の神課(神家)によって代表され、編成は、笛方、真法師1名、太鼓打2名、小太鼓2名、鉦打2名、むらし2名、猿面2名、御幣持1名などの外、思い思いに仮装した老若男女が囃子方に多数参加する。現在は、伝承活動として、小学生、中学生により、毎年11月の矢部まつりに披露。八女津媛神社氏子による本来の浮立は、5年に1回奉納公開される。
八重津媛は、景行天皇巡行の時、この地に女神あり常に山中にあると奉上。其の名を八女津媛と云うと奉上したことから八女の地名が起こったと云う伝説があり、平安朝末頃600~700年前から奉納が始まった。
昭和3年に実施されたのを最後に、第二次大戦後まで休止。昭和26年1月より復活し、以来不定期で開催されてきたが、それ以前のことは文献がなく不明である。昭和26年1月、38年12月、41年、43年、48年、以降も5年ごとに公開され、前回の公開は令和元年11月、次回は、令和6年(2024年)に公開予定。
使用する祭具・道具など:大太鼓2、小太鼓2,鉦2、シンバル2組、竹笛20、七福神用衣装と面。
パンフレットより
御朱印は、車で数分のところにある 観光物産交流施設杣のさとで 領布されています。
権現杉(ごんげんすぎ)
樹齢推定650年を誇る八女津媛神社のシンボルです。八女津媛神社の愛称である「ごんげんさん」はこの名木に由来しています。幾多の天災にも臆することなく堂々と、聳えるその雄姿はまさに村の守り神です。パワースポット八女津媛神社を象徴する権現杉は私たち地域の宝です。
看板より
駐車場
神社の少し上の方に 広い駐車場があります。
杣のさと
観光物産交流施設杣のさとです。
中はこんな感じで、入って 右側にはお食事処もありました。他にも 地元の焼酎や、お土産品などもあります。
お守
お守もありました。
御朱印
御朱印です。書置きのものをお受けしました。ありがとうございました。
神社情報
八女津媛神社(やめつひめじんじゃ)
福岡県八女市矢部村北矢部4015−1
御祭神: 八女津媛神(やめつひめのかみ)
例祭日:不明
福岡県八女市矢部村矢部3277-1
営業時間 午前9時から午後5時まで(飲食スペースのみ午前11時から午後3時まで)
定休日 水曜( 祝祭日は営業 ※季節によって変動することがあります)
正確に言うと神社だけで1000社です
今日で 807社目の
御朱印をいただきました。
残り 193社です。
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