九州御朱印巡り 長崎御朱印巡りで、長崎県松浦市志佐町に鎮座する淀姫神社(よどひめじんじゃ)にお詣りをして御朱印を拝受して来ました。天文暦額・五穀豊穣・雨乞いの神の御神徳がある神社さんです。今日で、492社目です。
鳥居
長崎御朱印巡り、2社目は、淀姫神社さんです。迷うことなく 無事に到着するも 駐車場がわからず 一度通り過ぎました。(いつも通り・・・)
ちょっと小さめの鳥居です。
手水舎
手水舎も小さめで、龍神様もいらっしゃり、手水鉢が いい雰囲気です。
門をくぐり 社殿へ向かいます。
狛犬
目力が すごく 肉付き?のよい 狛犬様です。
社殿
社殿です。
由緒
人皇十二代景行天皇 甲申十四年前二年後四年の六年間、筑紫(九州)の日向(宮崎県)に仮宮をお建てになっていた。戊子十八年九州御巡行の時此の地を清浄の場所として撰ばれ仮宮をお建てになった。
十四代仲哀天皇のお后であられた神功皇后が、新羅へ出兵に際し、外征は国家の一大事として諸国に使令を出して船舶を集め武器鎧をお揃えになった。
また皇后は、妹の淀姫命を松浦に遣わし兵と船を集められた。松浦地方の族長である磯良(しら)を伴い此の地の海辺・膳崎(かしわざき)に着船遊ばされた。
焚き火をしておられるとその火が御厨から見えた。この火を見た御厨の住民は皇后の妹君がお出でになると聞いていたので、さてはと思い来てみると果たして淀姫命の一行であったので、住民は用意していた蘇鉄の団子を差し上げ奉ると、その温かい心に感激遊ばされ美味しく召し上がった。(又一説にはお供の者が差し上げ たと記されている)
これに因んで今でも秋のお宮日大祭(10月26日)には先ず団子を献じてお祭りを行う。(団子を献ずる子孫が御厨町木場に在住)
淀姫命は松浦より出陣なされし時、沙迦羅龍王(さからりゅうおう)より潮満玉(しおみつたま)と潮干玉(しおひるたま)を借り、375人船に乗り組み、皇后と共に新羅へ向かわれた。対馬を過ぎやがて彼の地が見えだした。
潮干玉を投げられると海は50里ほど干し上がったので、新羅軍は喜び勇んで海の中まで攻めてきた。そこで潮満玉をお投げになると潮がどんどん満ち、陸の上まで上がり船は王城の門まで達した。
新羅王は和睦を乞い貢ぎ物を毎年送ることを誓い長い間届けた。淀姫命は御帰朝後、志佐の美しさと住民の暖かさをお忘れになることなく、病人の治療や干魃には雨乞いをなされた。
龍神様
龍神様です。
社務所
境内のすぐ横に 社務所があり こちらで御朱印は いただきました。
御朱印
御朱印です。直書きで書いていただきました。写真撮影、ブログ掲載許可もいただきました。ありがとうございました。
当淀姫神社は、現在宮司が一人で奉仕しております。様々な祭典や所用などで社務所を不在にしている場合も多々ございます。そういった事情から、御朱印のお求めに対応出来ないこともございますので、事前に電話にて問い合わせをして頂き、宮司のの在・不在の確認をしていただけると幸いに存じます。
境内社
境内社です。
石碑
駐車場
境内横の 社務所の前と、道路を挟んだところも 広く停められそうでした。
流鏑馬
淀姫神社流鏑馬(10月26日)は、平安時代73代堀河天皇の御代寛治2年(1088)には既に行われていた。今も的風に当たると一年中病気にかからないと言われている。現在長崎県内では淀姫神社と諏訪神社境内のみで奉納されている。
パンフレットより
神社情報
淀姫神社(よどひめじんじゃ)
長崎県松浦市志佐町浦免632番地
御祭神
十二代景行天皇(じゅうにだいけいこうてんのう)
淀姫命(よどひめのみこと)
豊玉姫命(とよたまひめのみこと)
年中行事
1月1日:歳旦祭
3月13日:祈年祭(大祭)
7月17日:夏越祭り
10月25日:例大祭前夜祭(宵宮祭)
10月26日:例大祭(志佐くんち)
11月23日:新嘗祭(大祭)
毎月1日・15日:月次祭
正確に言うと神社だけで1000社です
今日で 492社目の
御朱印をいただきました。
残り 508社です。
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