九州御朱印巡り 福岡御朱印巡りで、福岡県福岡県飯塚市に鎮座する曩祖八幡宮(のうそはちまんぐう)に、お詣りをして御朱印を拝受して来ました。筑前人形感謝祭(人形供養)で知られる神社さんです。今日で、406社目と、407社目です。
鳥居
実は、お正月に一度来たのですが、人が多く駐車場がいっぱいだったので、日を改めて今回、お詣りしました。
なんと、3基の鳥居が並んでいます。初めてでした。
「参道」
参道の階段が三ヶ所あり、お詣りの目的によってそれぞれの階段を利用するようになっていますが、中央階段の上には隋臣門があり、階段左側には樹齢千年と言われた神木の大楠が根本だけを残しています。切株の一部が隋臣門の左壁に掲げられています。
納祖八幡宮読本より
鳥居(曩祖八幡宮)
曩祖八幡宮さんの石造りの鳥居です。
隋臣門(ずいしんもん)
隋臣門(楼門とも呼ばれる)は約二百七十年前の寛延年間に建立されましたが、左右の隋臣や狛犬も当時奉納さたものです。木製の狛犬は大変珍しく、記録帳には「高麗犬」と書かれています。狛犬は昭和十一年に塗り替えられていますが、隋臣は二百七十年当時のままで着物の模様などは金箔が残っています。夜間はライトアップされているのでじっくりと観賞してください。
納祖八幡宮読本より
本社
本社です。
歴史について
神功皇后が三韓征伐からの帰途、納祖の森に祭壇を設けて天神地祇を祀り、長年つき従った九州の臣たちと別れを惜しんだと伝えられています。このとき、人々が「またいつか尊顔を拝し奉らん」と口々に言い、この「いつか」が「飯塚」の名の由来であるといわれております。
社伝では、その跡に作られたのが当社であるといいます。創建年代は不詳ですが、延文4年(1359年)には社殿が建立されてました。大正13年に県社に昇格しました。
社務所
社務所です。御朱印はこちらで 直書きで書いていただきました。写真撮影、ブログ掲載の許可もいただきました。ありがとうございました。
御朱印(曩祖八幡宮)
御朱印です。
鳥居(飯塚天満宮)
3基のうちの左側の飯塚天満宮の鳥居です。
社殿
社殿です。
由緒
太宰府天満宮から勧請され、菅原道真公の分霊が祀られています。約230年前の資料では天満宮になっていますが、それ以前は菅原神社と呼ばれていました。現在の社殿は大正十年に参道の鳥居と一緒に建て替えられました。社殿前にある「飛梅」は約70年前に太宰府天満宮の飛梅を株分けしたものです。
納祖八幡宮読本より
御朱印(飯塚天満宮)
御朱印です。直書きで書いていただきました。
曩祖の杜・結びの石
神功皇后の三韓討伐は日本書紀の伝える所であり、現在の納祖八幡宮の境内(曩祖の杜)で祭壇を設け納祖及び天つ神・国つ神を祀り、神功皇后が長年つき従った家臣達と戦捷報告を行い別れを惜しむ朋輩等と「またいつか会いましょう」と再会を誓った場所であります。
石碑の書は黒田長成(ながしげ)黒田藩最後の藩主・黒田長知(ながとも)の子で黒田家13代当主、貴族印副議長を30年勤め、修猷館第3代館長。
長成公の書は、これ以外にも八幡宮中央階段右側の社号標「別表神社・納祖八幡宮」があり、黒田藩との深い繋がりが伺えます。
この神功皇后伝説の地で、人と人とを結ぶ良き縁(えんむすび)を結んで頂きますよう、ご祈念申し上げます。
看板より
馬
馬様です。
駐車場
境内の横と社殿の裏の方に 停められます。
神社情報
曩祖八幡宮(のうそはちまんぐう)
福岡県飯塚市宮町2-3
御祭神
応神天皇(おうじんてんのう)
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)
神功皇后(じんぐうこうごう)
武内宿禰(たけのうちのすくね)
天神地祇(てんしんちぎ)
飯塚天満宮(いいづかてんまんぐう)
御祭神
菅原神:菅原道真公(すがわらみちざねこう)
例祭日
月次祭:毎月1日、午前10:00より
歳旦祭:1月1日、午前10:00より
節分祭:2月3日、午前10:00より
筆感謝祭:3月21日、春分の日、午前11:00より
筑前人形感謝祭:5月 第2日曜日
夏越大祓い:6月30日
若光稲荷神社月次祭:毎月1日、午前11:00より
正確に言うと神社だけで1000社です
今日で 406社目と、407社目の
御朱印をいただきました。
残り 593社です。
福岡県の御朱印が拝受できる神社
福岡県の御朱印が拝受できる寺社
福岡ご当地グルメ