九州御朱印巡り 今回は宮崎御朱印巡りで、宮崎県宮崎市に鎮座する小戸神社(おどじんじゃ)に詣りをして御朱印を拝受して来ました。お正月のしめ飾りを焼納する祭祀のどんと祭で知られる神社です。今日で140社目です。
門
門です(正確にどういうのかわからず、また、わかり次第紹介します)
手前にあった 手水舎の写真を撮るのを、すっかり忘れていました。・(・´ω・`)ゞ・゚・コマッタ 今度お詣りした時に 写真を撮って来ます。
狛犬
狛犬です。とても 迫力がありました。
凛々しくもありました。
社殿
社殿です。こちらは 神社なので どこもそうなのですが、特に 空気が澄みきっていて清々しい気持ちになれました。
由緒
第12代景行天皇の勅により創建と伝わり、太古伊弉諾大神が禊祓をされた〝祓いの神事〟由縁の神社である。。
創建当初は大淀川河口付近に祀られていたが、寛文2年(1662年)の西海大地震により海没し、上野町(現在の橘通西2丁目付近)に遷座する。
その後昭和9年に橘通拡張工事により、現社地に遷座する。当社は景行天皇の勅によって創建したものという。紀元七百四十年代であろう。古来より、今の大塚地区と下北方地区より下流域、すなわち旧市街地全域を小戸と称し、大淀川河口小戸町小戸の瀬は小戸神社鎮座の清浄の地として祀られ、今も夏祭の名越歌に
港口には黄金の真砂 沖の小戸の瀬、宝浮く
と歌いつがれ、三千年来、尊び敬われて来た。いわゆる、祓詞の筑紫の日向の橘の小戸という地目をそのままに、太古伊弉諾尊が禊祓をされたゆかりの地であり、皇祖天照大神をはじめ諸神ご誕生の聖地の神社であると伝える。
此後、文明五年(1471)癸己三月一八日社殿造営、延徳二年(1490)庚戌八月社殿修復、天文一五年(1546)丙午四月一四日ついで永禄九年(1566)丙寅十二月二十六日社殿の改築がなされたが、永禄、天正の乱により、ご神領の三十町も断絶多くの神宝及び旧記等も滅亡した。
その後寬文二年(1662)九月十九日西海大地震の際高潮の災厄により下別府より大渡の上に奉還し(元、元宮町)、同年上野町に社地を築いて遷し奉った。その後正徳五年(1715)と享保二年(1717)に修理ご造営される。この年神祇管領卜部朝臣兼敬卿の筆になる「正一位小戸大明神」の八字を彫書した神額が奉納され今に現存する。
延宝三年(1675)橘三喜は『一ノ宮巡詣記』に
日向なる小戸の渡の浦こそは 青人草の初めなりけれ
とうたっている。
さらに昭和七年一月橘通りの拡張に伴い、橘通り二丁目四四番地より、元鎮座地に移転を決し、昭和九年五月二十七日竣工、正遷座祭を執行し現在に至る。
御神木
御神木です。
絵馬
絵馬です。
オリックス・バッファローのサイン入りの絵馬です。私 野球は詳しくないのですが 宮崎には キャンプで あちこちの神社に、選手のみなさんが 来ているようです。
社務所
社務所です。 境内の右手にあり、御朱印は こちらで書いていただけます。
御朱印受付時間は、9:00~17:00までです。時間外でも受け付けてくれるそうですが、その時は、事前に電話連絡が必要です。
御朱印
御朱印です。社務所にいらっしゃった方(神主さんかは不明です)が 書いてくださいました。書いている途中 神主さんが戻られ 冗談を言い合ってとても 気さくで楽しい方でした(神主さんも)
駐車場は 境内のすぐ隣にあり 近く止めやすいです。
神社情報
小戸神社(おどじんじゃ)
宮崎県宮崎市鶴島3-93
御祭神
伊弉諾大神(いざなぎのおおかみ)
例祭日 10月15日
1000社目指して御朱印巡りします。
正確に言うと神社だけで1000社です
今日で 140社目の
御朱印をいただきました。
残り 860社です。
宮崎県の御朱印が拝受できる神社
宮崎県の御朱印が拝受できる寺社
宮崎ご当地グルメ