佐賀御朱印巡りで、佐賀県杵島郡白石町に鎮座する稲佐神社(いなさじんじゃ)にお詣りをして御朱印を拝受して来ました。五十猛神がこの山に樹木の種をまいて繁茂させ「木の山」と呼ばれていた山に鎮座されている神社さんです。今日で、742社目です。
案内図
境内の案内図です。
楼門近くの鳥居
一の鳥居付近は 自然石を敷き詰めた参道になっているようです。ナビでは 境内近くの上の方の駐車場に案内してもらったので 一の鳥居は見ていません。自然石の参道を今度お詣りした時には 見てみたいです。
自然石を敷き詰めた県内最長の参道をぜひ歩いてみてください
稲佐神社の創建は古く、年代は定かではありませんが861(定観3)年は従五位下、885(仁和元)年に従五位上に叙せられたことが「三代実録」に記録されています。鍋島家歴代藩主の崇敬もあつく、豊穣祈願の浮立を奉納。毎年10月19日に行なわれる秋季大祭では、馬上にまたがり矢を射る流鏑馬(やぶさめ)が行なわれますが、これは近在の地頭職白石五郎道益が1196(建久7)年武人に行わせたことから始まったものとか。
この稲佐神社一帯は「稲佐山泰平寺」と呼ばれた神仏習合の聖域で、東明寺の石造十六羅漢像など数多くの仏教文化の足跡がそこかしこに残っています。自然石を敷き詰めた参道の途中にある鳥居は、県内の肥前鳥居の中で最も古く、境内には樹齢600年を超える4株の大きな楠の木がそびえたっており、内2株は県の天然記念物指定。夫婦杉、縁結びの梛(なぎ)の木などのパワースポットも有名です。12月下旬にはお火たき祭りも行なわれます。
楼門
長い階段を登ると(私は登っていませんが)、楼門があります。
手水舎
手水舎です。
狛犬
狛犬様です。
拝殿
拝殿です。
創祀年代は不詳であるが、「三代実録」に定観3年(861年)には従五位下、仁和元年(885年)には従五位上に叙せられたと記されている。
社伝によると天地開闢の頃に五十猛命を祀ったという。飛鳥時代に百済より阿佐王子が来朝し、この地に留まり居を定め、稲佐大神とともに両親を合祀した。阿佐王子が亡くなった後、阿佐王子も合祀された。
平安時代に入り、空海により稲佐泰平寺(稻佐山泰平寺、現在は大師堂、座主坊、観音院、玉泉坊の4坊が存在)が開かれ、その鎮守神として稲佐大明神が位置づけられ、真言寺十六坊と呼ばれる一大霊所となった。貞観3年(861年)8月24日、従五位下の神階を賜り、仁和元年(885年)2月10日に従五位上に昇った(『三代実録』)。その後、幾多の盛衰を繰り返したが、龍造寺氏や鍋島氏の保護を受け発展した。現在の本殿は、享保6年(1721年)に再建されたものである。旧県社。
ウィキペディア(Wikipedia)より
社務所
御朱印は 社務所でいただけます。
お守
お守です。
御朱印
御朱印は 通常御朱印と月替わりの御朱印の2種類です。
月替わりの御朱印は インスタグラムで確認できます。
御朱印
悩んで 通常御朱印を直書きでお受けしました。ありがとうございました。
駐車場
広い駐車場があります。
神社情報
稲佐神社(いなさじんじゃ)
佐賀県杵島郡白石町辺田2925
御祭神
天神(あまつかみ:後述 五十猛命とも伝う)
女神(めがみ:後述 大屋津姫命とも聖明王后とも伝う)
五十猛神(いそたけるのかみ・いたけるのかみ)
大屋津姫神(おおやつひめのかみ)
聖明王(せいめいおう:古代朝鮮百済国王:日本へ仏教を伝えた)
聖明王后(せいめいおうひ)
阿佐太子(あさたいし:聖明王の太子)
正確に言うと神社だけで1000社です
今日で 742社目の
御朱印をいただきました。
残り 258社です。
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