九州御朱印巡り 宮崎御朱印巡りで、宮崎県宮崎市佐土原町上田島に鎮座する巨田神社(こたじんじゃ)さんに、お詣りをして御朱印を拝受して来ました。巨田神楽や、巨田池の鴨網猟が有名で、梅雨の時期には蓮の花がきれいな神社さんです。今日で、324社目です。
鳥居
愛宕神社さんから 車で10分かからないくらいの場所にあり西都ICのすぐ近くにあります。愛宕神社さんで御朱印はいただけたので 急いでお詣りに来ました。石造りの鳥居です。
手水舎
小さめのシンプルな手水舎です。
拝殿
拝殿です。
由緒
創建は「淳和天皇の御代天長八年(831)九月十五日飛箟原に白羽の矢一対飛び来る、ここに祠をおく」と伝えられているが定かではない。はじめ天太玉命を祀っていたが、寛治七年(1093)佐土原町上田島、下田島を宇佐神宮の神領とした際、宇佐神宮のご分霊を勧請し、巨田八幡宮と呼ばれていた。
旧佐土原藩では祈願七社の内の一社として、島津氏より親拝や代参がなされ、地元では八幡様と呼ばれ親しまれていた。
棟札によれば、文安五年(1448)佐土原(藤原)祐賀によって再興され、永正五年(1508)には都於郡城主伊東尹祐により再興されている。現在の本殿は天文十年(1547)の建立と確認されている。三間社流造の本殿は南九州に数少ない中世建築として二十二枚の棟札とともに昭和五十三年五月に国の重要文化財に指定された。また、本殿を中央にして左に若宮社、右に今宮社があり、両社とも一間社流見世棚造で、昭和五十八年に県の有形文化財に指定されている。
昭和五十六・五十七年には本殿・摂社の解体修復事業が国県町の助成を得て行われ、彩色社殿の優美な姿が再現された。
ご社殿前斎庭左側には、元禄十三年(1700)五月二十八日、城主島津惟久公が祈願成就のため奉納した石燈籠一基が現存している。
本殿
本殿です。
御朱印
シンプルな御朱印です。愛宕神社さんで 拝受できます。
愛宕神社さん
本殿の屋根には 鬼?(でいいのかな?)がいらっしゃいました。
若宮社の屋根にも 鬼がいらっしゃいました。
佐土原町観光民芸館
巨田神社さんの向かいにある佐土原町観光民芸館です。
巨田神楽
巨田神楽は、巨田神社に古くから伝わる神楽で、神楽面や大太鼓などの紀年銘から慶長年間(1600年頃)には舞われていたようです。毎年、秋の例祭日には巨田神社の境内で三十三番が奉納され、町内外の見学者は、その太古の神々の神聖な世界に引き込まれ、厳かな秋の一日に浸っています。
この神楽は、哀愁を帯びた旋律と軽快なリズムを横笛と太鼓で表現し、他所の神楽とは違った独特の趣を有しているという特徴があります。
看板より
佐土原町観光民芸館の右側に 巨田池という大きな池があります。
県指定無形民俗文化財
巨田池の鴨網猟
巨田の大池とそれを囲む丘陵地は 400年以前から越網の猟場として受け継がれ、現在石川県片野と巨田のみに残る貴重な古式狩猟地である。
渡鳥の季節、昼間池を埋めた鴨は日の入りに飛び立って、餌場へ日の出とともにこの時 池を囲む丘陵の上すれすれの高度で丘を越す。この習性を利用してここからも見える様な丘の上の木を切り 鴨の通る道(坪)を開く鴨の出入りは日の出、日没の20分前後と定まっている。
この時坪にかくれて 越網を構え矢の様な速力で通る鴨の鼻先きに投げあげる。網の目に首を突っ込んだ鴨は網とともに落下してくる。バレーボールの打込みネットぎわでストップする呼吸である。当然熟練した技法が要求される。
江戸期は 藩の猟場として許可された者のみが坪に立つことを許され新進鍛錬の一つとして受け継がれ、現在に至っている。
看板より
神社情報
巨田神社(こたじんじゃ)
宮崎県宮崎市佐土原町上田島10732
御祭神
誉田別命(ほんだわけのみこと)
神功皇后(じんぐうこうごう)
上筒男神(うわつつおのかみ)
中筒男神(なかつつおのかみ)
底筒男神(そこつつおのかみ)
例祭日 11月15日
正確に言うと神社だけで1000社です
今日で 324社目の
御朱印をいただきました。
残り 676社です。
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