九州御朱印巡り 熊本御朱印巡りで、熊本県山鹿市岩原に鎮座する城ケ鼻稲荷神社(じょうがはないなりじんじゃ)にお詣りをして御朱印を拝受して来ました。小林勘太郎が有志とともに社殿を建立した神社さんです。今日で、637社目です。
一の鳥居
一の鳥居です。
参道
写真は、帰りの撮ったので 下り坂になっていますが、行きは 登り坂です。結構急な坂で 体力が必要です。
二の鳥居
結構(4,5分くらい?)進むと 二の鳥居が見えて来ます。
手水舎
手水舎です。
玉崎社
正面に鎮座されているのが、玉崎社で 左に行くと 社殿の正面に出て、右に行くと 拝殿の横の方に出て 境内でつながっているので、順路?として 左側に行き お詣りをして 右側に出てくると いいと思います。
玉崎社(粟島神社)由来
御祭神は、玉崎大明神と申し上げ 古くから病気の神様としても信仰が厚く御父神は、薬力大明神、御母神は、おせき大明神と申し上げ病気の神様です。御参拝の方に霊験あらたかであります様、御祈り申し上げます。
看板より
お狐様
稲荷神社なので、お狐様です。
狛犬
狛犬様です。お首がくびれていません。
拝殿
拝殿です。
縁起
大正6年(西暦1578年)、肥前(現在の佐賀県)を中心に勢力を拡大した竜造寺隆信がこの地に進入、この処に砦を築かしめて、その将として、当時福岡県三潴郡の犬塚城にあった犬塚孫左衛門久次(筑後の蒲池氏の一族)をあてた。
犬塚孫左衛門久次は、砦の守り神として伏見稲荷大社の御神霊を勧請、ここに石塔を建立して祭祀。
砦が廃された後も、広く近隣の方々が、五穀豊穣や家内安全の祈りを捧げられてきた。
大正7年、小林勘太郎が有志とともに社殿を建立し、城ケ鼻稲荷神社と称した。
その後、大正末期に至り、島原半島「ひょうたん池」のほとりの社、平田神社の平田大明神を合祀し、更に京都伏見稲荷大社の三ツガ峰に御鎮座の玉崎大明神を勧請。
昭和の始め、平田、玉崎大明神の御子神として、正義大明神の御誕生を見、この時のお祝いには、山鹿の芸者衆も参加するなどして大変賑わったと言い伝えられている。爾来、衆人の生活の守り神として、今日に至る。
頂いた資料より
奥宮
拝殿の横にある 奥宮です。
社務所
社務所です。御朱印は こちらでいただけます。
御朱印
御朱印です。直書きでいただきました。写真撮影、ブログ掲載許可もいただきました。ありがとうございました。御朱印は、午前中に対応してくださるので、午前中にお詣りされるといいと 思います。
駐車場
駐車場です。
神社情報
城ケ鼻稲荷神社(じょうがはないなりじんじゃ)
熊本県山鹿市鹿央町岩原
年間行事
1月1日:歳旦祭
2月初めの午の日:初午祭
2月17日:祈年祭
4月5日:例祭
8月1日:夏越大祓祭
11月13・14・15日:七五三祭
11月23日:新嘗祭
毎月1日:月次祭
正確に言うと神社だけで1000社です
今日で 637社目の
御朱印をいただきました。
残り 363社です。
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